『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のネタバレ記事となりますのでご注意ください。
アニメシリーズ、旧劇場版には登場していなかった真希波・マリ・イラストリアス。
新劇場版の「破」からいきなり登場したにも関わらず、ネルフでエヴァに乗り当たり前のように戦う姿についていけない人も多かったと思います。
最新作シンエヴァでも重要なキーパーソンとして活躍しますが、本人の謎多きまま終わってしまいました。
そんな真希波マリとは何だったのか?
考察していきます。
真希波マリは「イスカリオテのマリア」
シンエヴァの終盤にマリは冬月コウゾウ(NERVの副指令)と接触をします。
お互いに何かを知っているかのような素振りを見せながら会話をします。
そして冬月がマリのことを呼んだ名前こそが
「イスカリオテのマリア」
その名前が何か説明していきます。
イスカリオテのマリアとは?
この名前の元ネタは「マグダラのマリア」と「イスカリオテのユダ」のことだと思います。
イスカリオテのユダ
聖書によると「イスカリオテのユダ」とはイエス・キリストの弟子です。
しかし敵に金で売ろうとした弟子であり、裏切り者のユダとも呼ばれます。
ゼーレ側の冬月からこう呼ばれることは意味深であり、かつてはマリがゼーレ側にいたことを示唆します。
しかしユダには別の説も福音書により発覚されています。
それはイエスの真の理解者であるということ。
イエスは自分が罪を背負い殺され、復活することで教えをより世に広められるのではないかと考え、ユダにその計画を打ち明けます。
イエスの計画でユダは自ら裏切り者になったという説なのです。
ここから当てはまるとマリはシンジにとっての真の理解者だったのはないでしょうか。
マグダラのマリア
そして「マグダラのマリア」はイエス復活の時に初めて立ち会った人物であり、イエスの妻とされています、
これはまさにシンエヴァのシーンに当てはまるのではないでしょうか。
シンジが世界を書き換えるためにエヴァを破壊し、そして現実の世界でマリと再会。
そもそもマリは
「どこにいても必ず迎えに行くからワンコくん」
と再会の約束もしています。
そしてラストシーンで2人が何か恋人のような、結ばれた関係に見えるのも納得できます。
さらにマグダラのマリアには「香油の壺を持っている」というシンボル的なものがあります。
香油は香料植物に芳香成分を溶け込ませたもので、マッサージや皮膚の保護に使われます。
匂いを嗅ぐシーンの多いマリのイメージとして意識しているような気がします。
碇ゲンドウとユイの学友だった?
冬月から名前を揶揄されたり、マリ自身がゲンドウを「ゲンドウくん」呼びするなど、まるで昔からの知り合いのような場面がありますが、これはコミック版エヴァ14巻に答えがあります。
結論からすると、マリは京都大時代に冬月の研究所でユイとゲンドウと学友として一緒だったのです。
推測するとマリも人類補完計画について何か知っていたのだと思われます。
マリは若いままに見えますが、エヴァの呪縛で見た目が変わらないとなると辻褄が合います。
さらにエピソードの一つとして、マリのカバンからユイの眼鏡が見つかり、マリがユイに対して嫉妬と好意を持っていたことを告白します。
ユイはマリを許して眼鏡をプレゼントします。
このことからも分かるようにマリはユイに対して強い思いがありました。
マリが戦う真の目的
マリの目的はユイの意思を引き継いだものだと思っています。
そもそもユイの目的は様々な考察がされていますが、サードインパクトによる滅びの運命を超えて人類の未来を守ることにあったと思われます。
ゲンドウはユイに会うために人類補完計画を遂行しようとしたので、ゲンドウの行動はユイの思いとは反する活動になるわけです。
そんなユイの思いを引き継いだのがマリであり、ゲンドウと対立する立場となったのです。
真希波マリは救世主
シンジとの初接触
新劇場版「破」でマリが登場したシーンを覚えているでしょうか?
マリがシンジと屋上でぶつかるシーン。
この時シンジはカセットテープを持っているのですが、ぶつかった衝撃で普段聴いていたトラック「26」から「27」に進んでしまうのです。
エヴァアニメシリーズ(旧劇)は26話が最終回。
「26」話から「27」話へ、これは新たな物語の変化を表していると思います。
エヴァ作品からの解放
ここまで書いてきてやはりマリは作品としての救世主に見えてきます。
カヲルのループ説は唱えられてきましたが、またマリはループとは違った時間軸でいるような気がします。
エヴァの世界をメタ視点で見ながら、過去から未来を動いているように思えるのです。
アニメシリーズ、旧劇で終わろうとした世界を新しい救世主として救う人物が必要だったのだと思います。
マリ・イラストリアス=安野モヨコ(庵野監督の奥さん)と言われる説があるように、レイでもなくアスカでも無い真のヒロインにこのエヴァの世界から手を差し伸べて欲しかったのだと思います。
あくまで劇中キャラとして謎に迫りたかったので、劇場外な考察はしません。
エヴァを生み出した庵野監督の人生、エヴァを見てきたファンの人生の新たな道標としてのメッセージなんだと思います。
まとめ
真希波・マリ・イラストリアスについての謎を考察しました。
アスカ推しとしてはマリを急に出てきてなんなんだくらいな感じで見てはいましたが、シンエヴァによって見る目が変わりました。
マリの視点で作品を観るとまた新しい発見が生まれてくるかもしれません。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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